黄斑下出血
黄斑下出血 01黄斑下出血とは
光を感じるフィルムの役割をしている網膜の中でも、特に光を感じる中心部を黄斑(おうはん)と呼びます。
この黄斑部に何らかの原因で出血をきたし、網膜あるいは網膜色素上皮(網膜の基底膜)の下側に出血が貯留し、突然の視力低下を生じる疾患です。
黄斑出血、黄斑下血腫と呼ばれることもあります。(図1)(図2)
(図1)黄斑下出血の眼底写真
網膜細動脈瘤破裂(黄色矢印)に伴う黄斑下出血(黄色波線)を認めます。
(図2)黄斑下出血のOCT(光干渉断層計)画像
網膜表層の内境界膜下出血と網膜外層の網膜下出血を認めます。OCTを撮影することで網膜のどの部位に出血が起きているかが分かります。
原因疾患としては加齢黄斑変性と網膜細動脈瘤破裂が代表的で、ともに高齢者に発症します。高血圧の方や、脳梗塞や心筋梗塞の既往があり抗凝固薬、抗血小板薬を内服している方に発症しやすい傾向があります。
出血により網膜の細胞である視細胞が障害され、最終的に出血が消失しても瘢痕病巣を形成することで重篤な視力障害が残ります。
実験的には24時間以内に視細胞の障害が生じ、3日で網膜外層に強い障害が生じることが知られており、黄斑下出血は早急な治療が必要な緊急疾患です。
黄斑下出血 02黄斑下出血の症状
急激な視力低下や変視症(線がゆがんでみえる症状)など、急に見えにくさを自覚する方が大半です。矯正視力が0.1以下に低下する場合が多く、出血が広範囲に及ぶと手の動きしか分からなくなる(手動弁)ことや、光を感じる程度(光覚弁)にまで落ちることもあります。
硝子体出血を伴うと「視界全体に真っ赤なカーテン」がおりたように自覚することもあります。
非常に稀ですが、加齢黄斑変性の既往があり、もともと視力が悪い方では気付かない場合もあります。
黄斑下出血 03黄斑下出血の治療
黄斑下出血を放置した場合は上述のように、永続的な視力障害を残すことになるため、早急な治療が必要です。治療適応と判断された場合は、1週間以内(できれば2、3日以内)の早期治療を勧めさせて頂きます。
出血に対する代表的な治療法として、硝子体注射で行う血腫移動術と、硝子体手術で行う血腫除去術があります。出血の程度や発症からの期間、患者様の年齢や全身状態を考慮して術式が選択されます。
以下それぞれについて概要を説明致します。
治療①:血腫移動術(硝子体注射)
概要
膨張性ガス(SF6:六フッ化硫黄)を硝子体内に注入して黄斑部の出血を移動させる方法です。tPA(組織プラスミノーゲンアクチベータ)と呼ばれる血液を溶解させる液体や、加齢黄斑変性の治療薬である抗VEGF薬を一緒に注入する場合もあります。
適切な治療が行えた場合、後述の硝子体手術と同等の結果が得られるという報告もあります。外来で簡便に行える方法です。
術後体位
硝子体が残っている眼内に注射をするため、硝子体腔の容積4-5mlに対して、最大0.4-0.5ml程度しか注入できません。そのため、術後は黄斑にガスが当たるように厳格なうつ伏せが必要になる点がデメリットです。
具体的には、術当日はうつ伏せをしていただき、血腫の移動がみられない場合は24-48時間のうつ伏せの継続が必要となります。(図3)
(図3)術後の体位
ガスは浮力の関係で上方に移動するため、黄斑にガスが当たるよう術後はうつ伏せになる必要があります。
適応
出血してから早期(2週間以内)の出血が適応になります。網膜表層の内境界膜下出血に対してはガスによる移動は期待できないため、後述の硝子体手術による血腫除去術の適応となります。また、ご高齢の方や圧迫骨折などがありうつ伏せが出来ない方に対しては 適応になりません。
合併症
一般的には、前房穿刺を行って眼圧を下げてから硝子体注射を行うため、安全性の高い治療ですが、ガス注入による眼圧上昇のため稀に網膜中心動脈閉塞症をきたすことがあります。網膜中心動脈症を発症した場合、永続的な重度の視力障害が残ります。
このほかにも、注射後の感染症である眼内炎や、網膜剥離、硝子体出血などがあります。
治療②:血腫除去術(硝子体手術)
概要
硝子体を切除して血腫を除去する方法です。眼内操作を行うことで、網膜下に血液を溶解させるtPA(組織プラスミノーゲンアクチベータ)を注入できる点や、硝子体腔を完全にガスに置換できるため血腫移動術に比べて、厳格なうつ伏せが必要ない点が利点です。
麻酔
局所麻酔で行います。結膜を切って、目の後ろ側に先が鈍の針を用いて4ml程度の麻酔薬を注入します。
麻酔時は目を押される鈍痛が数秒ありますが、その後の手術中に痛みを感じることは通常ありません。不安が強い方に対しては点滴から気分を落ち着かせる薬(鎮静剤)を入れることも可能です。
不安が強い方、全身疾患のため局所麻酔の施術が困難な方に対しては全身麻酔での施術が可能です。お気軽にご相談下さい。
手術内容
角膜輪部(黒目と白目の境界)から3.5-4mmの位置に3か所の小さな孔を開けます。それぞれの孔から硝子体を切除する硝子体カッター、眼内を照らす照明器具、眼内を一定の圧に保つための灌流液を流す回路を挿入します。(図4)
まず硝子体をカッターで切除していきます。
硝子体はゲル状の組織で網膜と癒着しているため、硝子体が残存しているとその後の操作で網膜を牽引し、網膜裂孔・網膜剥離を形成するリスクがあるため十分に切除していきます。
(図4)硝子体手術
3か所のポートと呼ばれる小さな孔をあけて手術を行います。
その後、黄斑部の出血に対して治療を行います。網膜表層の出血である内境界膜下の出血の場合は、鑷子(せっし)と呼ばれるピンセットのような器具を用いて内境界膜を剥離して出血を直接除去します。
網膜下出血に対しては、必要に応じて先端が極めて細い針を用いて網膜下に血液を溶解するtPAを注入します。
最後に眼内を水の状態から空気→膨張性のガス(SF6)に置換して終了します。(図5)
(図5)硝子体手術のイラスト
白内障の同時手術
硝子体手術後は白内障が進行しやすいため、50歳以上の方では原則白内障の同時手術を勧めています。
白内障手術は水晶体を超音波で破砕し吸引した後に、人工の眼内レンズ(アクリル製)を挿入する手術です。挿入されたレンズは生涯もちます。(図6)
(図6)白内障手術のイラスト
手術時間
手術時間は硝子体手術単独で30分、白内障手術と併施で40分程度です。
手術中に眼底に異常が見つかった場合は追加で処置が必要となることがあります。
入院期間
日帰り手術でも可能ですが、術後消毒のため翌日の通院が必須です。
この手術では術後体位の制限があり、ご自宅で安静を守るのは難しいため基本的には2~3日の入院を勧めています。入院期間については主治医とご相談ください。
術後体位
術後は眼内の大半が膨張性ガスに置き換わっているため、硝子体注射で行う血腫移動術に比べて厳密なうつ伏せは不要です。一方で、完全に仰向けになってしまうと黄斑部にガスが当たらず血腫を移動させる効果がないため、術後数日間~1週間程度はあおむけ以外の姿勢を取っていただきます。
術後体位に関しては手術終了後に主治医または病棟看護師より説明があります。
合併症
硝子体出血
血腫除去を行った後に溶解した血液が眼内に拡散することで硝子体出血がみられます。軽度のものを含めると高率でおこります。自然吸収を待ちますが、眼底が見えないほど出血が多く持続する場合は再手術が必要になります。
黄斑下出血の再発
黄斑下出血の原因疾患である、網膜細動脈瘤が再び破裂したり、加齢黄斑変性が再活性化して出血を起こすことがあります。2回目の出血は初回よりも重篤化することもあり視力予後は不良です。再手術が必要になります。
網膜剥離
術後200~300人に1人の割合で発症します。残存した硝子体が収縮することで網膜裂孔を形成し、裂孔に硝子体液が流入することで網膜剥離へ進展します。急激な視力低下・視野欠損を自覚し視力低下をきたします。緊急手術が必要です。
眼内炎
手術中や術後に創口から細菌が眼内に侵入することで強い炎症をきたす合併症で、2000~3000人の頻度で発生します。抗菌剤を混合した灌流液で硝子体を洗浄する緊急手術が必要となります。広範な血管閉塞や眼底出血により視力予後は不良です。
黄斑下出血 04黄斑下出血-視力予後について
黄斑下出血は眼の組織の中でも最も重要な黄斑部に出血をきたすため、眼底出血が消退しても高度の視力障害を残します。(図8)
この場合は、眼鏡で矯正しても視力が光覚弁~0.1程度しか出ない状態です。
(図8)黄斑下出血の治療前後
黄斑出血は消退していますが、網膜の外側の構造が薄くなっており、永続的な視力障害が残ります。
ほかにも変視症(ものがゆがんで見える)や小視症(ものが小さく見える)、色覚異常を伴うことがあります。治療までに時間が経過している方では、術前後で視力がほとんど変わらないこともあります。
網膜表層の出血(内境界膜下出血)だけで、網膜深層(外層)の障害が少なければ良好な視力が得られる事もあります。治療前に治療後の視力を予測することは出来ません。