網膜裂孔
網膜裂孔 01網膜裂孔
網膜裂孔とは
硝子体の牽引により、硝子体と網膜の癒着部位で網膜が引き裂かれることで孔が形成されることがあり、これを網膜裂孔(もうまくれっこう)と呼びます。硝子体による牽引が強い場合、馬蹄形の形を呈すことが多く、弁状裂孔とも言います。(図1)
網膜裂孔の眼底写真
左上と左下に馬蹄形の裂孔がみられます。網膜は剥がれていなく、まだ網膜剥離には至っていません。レーザー治療の良い適応です。
裂孔形成時に網膜の色素上皮細胞が眼内に散布されると飛蚊症を自覚します。硝子体の牽引が強いと光がピカッと走る光視症を自覚することもあります。時に網膜血管が破綻すると硝子体出血を伴うことがあり、この場合強い飛蚊症を自覚します。
硝子体と網膜が生理的に癒着している網膜血管の周囲や網膜格子状変性の辺縁に形成されることが多く、このうち50歳以降に生じやすい後部硝子体剥離に伴う裂孔は、液化した硝子体が網膜下に急速に流入することで網膜剥離の主な原因となります。(図2)(図3)
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図2
網膜裂孔、網膜剥離のシェーマ
硝子体が網膜を牽引することで網膜裂孔が形成されます。液化した硝子体が網膜裂孔を通過して、網膜下に流入することで網膜が剥がれると網膜剥離を生じます。 -
図3
裂孔原性網膜剥離
格子状変性という網膜が薄くなっていて弱い部位があると、硝子体の牽引によって網膜裂孔ができやすく、裂孔に液化した硝子体が流入することで網膜剥離を発症しています。緊急手術の適応です。
治療適応
飛蚊症や光視症などを自覚して、眼科を受診して発見される症候性の網膜裂孔は、未治療で経過観察した場合に約半数が網膜剥離に進展したという報告があります。このような症候性網膜裂孔では網膜剥離発症のリスクが高いと考えられており、レーザー治療の絶対適応となります。
一方で、症状がなく偶然眼底検査で見つかった無症候性の網膜裂孔では網膜剥離に進展するリスクは数%以下と低く、予防的レーザー治療の必要性は低いとも考えられています。
施設ごと、医師ごとに無症候性の網膜裂孔に対する治療適応の考え方には差があるのが現状です。患者様にリスクとベネフィットを説明した上で、最終的に治療方針を決定させて頂きます。実際には治療を希望される方が大半です。
飛蚊症や光視症など自覚症状がある症候性網膜裂孔、網膜剥離の治療歴がある方の反対眼、網膜剥離のリスク因子(家族歴、強度近視、内眼手術を予定しているなど)がある方に対してはレーザー光凝固(後述)を行います。
網膜裂孔 02格子状変性
格子状変性とは
眼底の周辺部にみられる境界明瞭な紡錘型の変性巣で、正常人の5~10%にみられます。散瞳検査や広角眼底撮影(OPTOS)を行わないと見つかりません。格子状変性があるだけでは特に自覚症状はありません。近視の強い方に多く、眼軸長(眼の奥行、長さ)が30mm以上ある人では15%に格子状変性が見られたとの報告もあります。
変性巣の辺縁では硝子体の癒着がつよく、加齢性変化でおきる後部硝子体剥離が生じる際に網膜裂孔を形成し網膜剥離の原因となることがあります。(図3)
治療適応
格子状変性を経過観察した報告では、網膜剥離を発症した例は1%程度とされており、格子状変性に対する予防的レーザー治療の必要性は低いと考えられています。
一般的には、網膜剥離の既往がある方の反対眼にみられる場合、網膜剥離の進展リスクが高い場合(家族歴、強度近視など)、内眼手術(白内障や網膜硝子体、ICL手術など)の術前などがレーザー治療の適応です。
治療を行う場合、検出した変性巣や異常部位全てを凝固する必要があります。
網膜裂孔 03網膜円孔(萎縮円孔)
網膜円孔(萎縮円孔)とは
格子状変性内では毛細血管は閉塞し、網膜内層は非薄化します。網膜が全層欠損すると網膜に円形の孔が形成されることがあり、これを網膜円孔、とくに萎縮円孔と呼ばれます。硝子体の牽引によって円形の網膜裂孔があく場合を網膜円孔と呼び、萎縮円孔と区別されることもあります。一般的に、萎縮円孔だけでは自覚症状はなく、偶然眼底検査で見つかることが多いです。
萎縮円孔は10~20代の若年者の網膜剥離の原因となることがあります。若年者では硝子体の液化が起きていないため、孔に流入する液化硝子体は少なく、一般的に網膜剥離の進行は遅く、発生しても扁平な剥離となることが特徴です。網膜剥離に進展すると強膜バックリング(網膜復位術)の適応となります。(図4)
萎縮円孔が原因の網膜剥離
網膜格子状変性内(黄色点線)に萎縮円孔(黄色矢印)を認めます。萎縮円孔に緩やかに液化硝子体が流入することで網膜剥離を発症しています。網膜剥離の丈は低く扁平です。ゆっくり進行し、自覚症状が出にくいのも特徴です。
治療適応
萎縮円孔の治療に対する明確な医学的エビデンス(根拠)が乏しく、無症候性の萎縮円孔に対して予防的治療は必要ないという考えもあります。一方で、上述のように萎縮円孔が原因で網膜剥離へ進展するケースもあるため、リスクが全くないとも断言できません。
特に萎縮円孔は若年者にみられることも多く、将来的な網膜剥離の可能性を指摘された患者様は、その後不安な気持ちを抱えながら過ごすことになります。
そのため実際には、患者様と相談のうえレーザー治療を行うケースが多いです。
レーザー治療(光凝固)
レーザーを行うことで網脈絡膜瘢痕癒着を作り、裂孔から液化硝子体が網膜下へ侵入することを防いで網膜剥離発症を予防します。ただし、レーザー治療によって100%網膜剥離への進展を予防出来るわけではありません。(レーザー治療を行った後に網膜剥離を発症することもあり、この場合は手術適応となります。)
レーザー治療は外来で点眼麻酔を行った後に、器械に顎を乗せて頂き、接触レンズを目に装着して行います。
網膜裂孔や格子状変性の周囲を3列程度、密に囲むようにレーザー照射します。
所要時間は5~10分程度です。(図5)
網膜裂孔のレーザー治療前と治療後
網膜裂孔と網膜円孔の周囲に白色のレーザーの瘢痕がみられます。この瘢痕は時間経過とともに色素沈着して、最終的に黒色に変化します。
当院では、パターンスキャンレーザー機器のTOPCON社Pascal®を導入しています。あらかじめプログラミングされた多数のスポットのパターン照射を一度に行うことができるため、治療に要する時間を大幅に短縮できます。また、1スポットごとの照射時間が短いため、従来のレーザー治療に比べて疼痛が少なく、患者様の負担を軽減することができます。全くの無痛というわけではありませんが、多くは自制内です。
周辺網膜が既に剥がれていて網膜剥離を生じている場合、レーザー治療の予防効果は少なく、硝子体手術または網膜復位術(強膜バックリング)の適応となります。
網膜剥離を伴っている網膜裂孔に対して、無理にレーザー治療を行うと、網膜剥離が凝固瘢を越えて進展した際に凝固斑が新たな裂孔となり、手術の難易度がより高くなってしまいます。このような症例に対するレーザー治療は一般的に禁忌と考えられています。