小児の近視は増加傾向
近年、全世界的に近視人口が急増し、社会問題となっています。特に日本を含む東アジアでは近視ブームがきていると権威のある学術雑誌のNatureに掲載されました。

日本の文部科学省の学校保健統計でも、裸眼視力1.0未満の者は増加しており、この多くは近視の増加によるものと推察されています。

なぜ近視人口が増えているのか?
以前は、近視の発生は遺伝によるとされていました。両親とも近視でない子どもに比べて、片親が近視の場合は2倍、両親が近視の場合には約5倍の確率で子供も近視になりやすいことがわかっています。
従来から近業(近くを見る作業)が環境要因と考えられていましたが、最近では近業の様式が多様化し、学童・生徒によるパソコンやスマートフォンの長時間使用が問題視されています。
近視進行の予防や治療法は?
近視の予防法として、遺伝的な要因は避けることができないため、環境要因を改善することが大切です。負担をかけずに日常生活で注意できる方法は以下の9項目です。
1日に2時間は外で遊ぶ
学校の休み時間は外で遊ぶ
本は目から30cm以上離して読む
読書は背筋を伸ばし良い姿勢で読む
左右均等な距離で読む
近業作業は1時間したら5〜10分程度は休む
休憩時は外の景色を見たり外出・リフレッシュする
規則正しい生活を心がける
定期的に眼科専門医の診察を受ける

多くの研究から、屋外で過ごす時間が長い小児は近視の有病率や発症率が低いことが明らかになっています。

読み書きの時間が長くなるほど、近視発症率が高くなることが報告されています。また、長時間にわたって眼を画面に近づけ、過度の調節緊張が続いていることによって、近視が進行することが報告されています。
近視進行抑制の治療
近視の多くは、学童期を通じて進行して行きます。このため、近視を「治す」レーシックなどの手術治療は適応にならず、「進行をどう抑制していくか」という側面が重要になってきます。近視進行抑制法には、光学的(眼鏡やオルソケラトロジーなど)と薬物による治療法に分けられます。
小児における弱度の近視の発生は、近業と関連があります。調節力に関与する筋肉が過剰に緊張することによって、見かけ上の近視(偽近視)を生じていることがあります。このため、眼鏡処方にあたっては、調節麻痺の点眼を行なった上、正確な度数検査を行わなければなりません。また、調節の過緊張が持続する場合は、点眼薬によって治療を行うことがあります。偽近視ではなく真の近視の場合には眼鏡装用が必要になります。
また、小児の近視に眼鏡を処方する際、過矯正(実際よりも強い近視のレンズ)にならないよう注意する必要があります。過矯正眼鏡では網膜の後ろに焦点が合うようになり、これに順応するように眼軸長が伸展し、近視の進行を促進させる恐れがあります。これを避けるため、近視矯正の眼鏡は過矯正にならないように作成しています。
レンズの一部を平坦に加工した特殊な形状のハードコンタクトレンズで、2009年に国の承認を得ました。レンズを就寝中に装用し、角膜を圧迫することによって角膜中央部を扁平化させます。この結果、角膜屈折力が減弱し、近視軽減効果により日中を裸眼で過ごすことができます。

適応は、屈折値が安定している中等度の近視と乱視で、他に眼の疾患を有していない方です。現在のガイドラインでは、未成年者に対する処方も緩和されています。ただし、通常のコンタクトレンズよりも重篤な角膜障害を起こすリスクがあり、レンズの厳格なケアを徹底していただく必要があります。※現在、当院での採用はありませんが、ご興味のある方は診察医にご相談ください。
その他の近視進行抑制法
小児の近視進行を抑制すると報告されている方法はいくつかあります。しかし、今のところ明確なガイドラインがなく、ごく限られた施設で行われているものです。このホームページでは、以下の抑制法について簡単に紹介させていただきます。
アトロピンは神経伝達物質アセチルコリンのムスカリン受容体拮抗薬で、毛様体筋(ピント調節の筋肉)を弛緩させ、調節麻痺を起こします。近視進行抑制の作用機序は、この調節麻痺作用によるものだけではなく、網膜や脈絡膜内のムスカリン受容体に直接作用して眼軸長の伸展を抑制するものと考えられています。低濃度アトロピンは、全身の副作用の心配がほとんどなく、局所の副作用も少ないため、近年、日本でも脚光を浴びている治療法です。最近の研究では、低濃度アトロピン点眼薬の使用で50〜60%の近視度数の進行抑制や、眼軸長の延長を抑制するとの報告があります。※当院ではこの報告をうけて低濃度アトロピン点眼薬を使用した近視進行抑制治療を開始しております。
累進屈折力眼鏡は、特殊な設計を施した多焦点眼鏡です。この眼鏡を装用することによって、調節ラグ※を抑制し、近視進行抑制効果が得られることが示されています。今のところ、臨床的治療法としては効力が弱く、一般的な近視進行抑制治療としては推奨されていません。※調節ラグ:近くを見る際に調節力が実際には不足しており、それに伴い持続的に網膜の後ろに焦点が合っていること。これによって眼軸が伸展し、近視進行の原因になると考えられています。
おわりに
小児の近視の概要と、近視進行の予防法や治療について述べました。現代社会は、スマートフォンなどのデバイスの普及により、ますます眼を酷使する環境下になりつつあります。子供達の生活においても同様であり、今後のさらなる近視発症率の増加が危惧されます。まずは、日常生活で環境因子の改善項目について可能な限り実行していただくことが大切です。その他、各種近視進行抑制法については、有効性についての詳しい研究結果が待たれるところであり、今のところ効果は限定的です。そのため、当院では、眼鏡の適正な処方と指導を行なっております。その上で、特にご希望のある患者さんには、他の治療についてのご相談を承ります。